魂萌え

 桐野夏生の「魂萌え!」を読んだ。この主人公の女はいつ誰を殺すのだろう?と思いながら読んでいたけどそういう話ではなかった。しかしやっぱり桐野夏生なので、いつ誰を殺すのだろう?と最後まで思ってて、でもやっぱりそういう話ではなかったので肩すかしを食らった気分でもありつつ、えも言えぬ読後感は、「期待外れ」という感想をわたしに抱かせない。静かに、静かに嫌な気持ちになるが、奥田英朗の「ララピポ」や、桐野夏生の「グロテスク」など、過去に読んだ中で最高に嫌な気持ちにさせた本のような、苛烈な嫌な気持ちではなく、わけもなく顔を手で覆いたくなるような、静かな嫌な気持ち。ただ、ララピポを読んで、そこに描かれる群像劇の主人公たちに「これはわたしだ」と思ったあの気分を、大幅に希釈したものと、言えなくもないのかもしれない。魂萌え!の主人公の女の、お人好しで頼りない感じ、男の人に褒められてはすぐ舞い上がって、期待したり嫉妬したり、でも別に本気で恋する訳でもない、そして見知らぬ人にすこし優しくされては信用して頼ってしまったり、「なにか普段と違うことをしよう」なんて気分で街をうろつく、なーんかふわふわしてるところに、いらだちを感じる。しかしそれは、わたしの本性に近くはないか。その本性を必死に押しとどめて、「そうなってはいけない」「そうしてはいけない」「そう思ってはいけない」「そう感じてはいけない」とわたしが常日頃意識的に、あるいは無意識に思いながら生きているからこそ、そういう抑圧なしにその性質に正直に生きている彼女に、嫉妬のこもった苛立ちを感じずにおれない。濃密に描かれた彼女の人生の一部分、そのいたるところに、抑圧された、あるいは希釈された自分がいて、わたしを見ているような気がした。