サントリーミュージアムがどれほど素晴らしい美術館だったかということ




 サントリーミュージアム天保山が2010年12月をもって休館するそうだ()。このニュースは衝撃だった。青天の霹靂、とも言えないだろう。2Fのミュージアムショップが片方閉店したときもだし、サントリーとキリンとの合併が発表されたときも、思い起こせば幾つか感じてた兆しはあって、その全てをわたしは、でも大丈夫だろうサントリーミュージアムだし、と無根拠な信頼で覆い隠し、見ないふりをしていた。でもきっと、水面下でこういう事態に向けて動いていたのだろう。苦しい。
 元々サントリーミュージアムは決して集客の良いギャラリーではなかった。近代の絵画やポスター芸術、工芸、デザインなどの展覧会が主で、年に1回夏辺りに、ディック・ブルーナやディズニー、ガンダムジブリなどのポップカルチャー現代アートハイカルチャーの視点から取り上げた展示をおこない、恐らくそれが最も客を呼べる展覧会だったのだと思う。近代美術系が口コミなどで集客が伸びていって結果的に人気展覧会になるということはあっても、確実に人が呼べる、印象派などの西洋画や、江戸期の日本画などをする所ではなかった。人は呼べなくとも、面白くて価値のある企画展をし続けていてくれていて、それが何よりサントリーミュージアムの素晴らしい所だった。尚かつそれらは、サントリーミュージアムらしい、という価値観に貫かれていて、そのブレの無さ、集客に惑わされない確固たる姿勢は、企業の美術館・文化事業として背筋の伸びた正しいものだったと思う。
 そして展示内容の次に素晴らしいと思うのが、展示デザインである。サントリーミュージアムの展示室の特徴は、まず海が一望できる一面がガラス張りになったフロアだろう。展示室は5Fから4Fに続いていて、その5F展示室の最後に視界が開けたときの感動、開放感、特に夕暮れ時など、海に沈んでいく夕陽の美しさには思わず息を呑む。常時どの展覧会でも、という訳ではないが(展示によっては日光など御法度のものもある)、それを楽しみに訪れる人は少なくないだろう。そして何より、毎回洗練された美しい空間デザインでもって、展示資料だけでなく、展示空間そのものを、我々に魅せてくれていた。個人的にはそれが一番の楽しみだった。行く度に、どんな見せ方をしてくれてるのだろうとわくわくしながらエレベータに乗り込んだ。展示という枠組みを超えて、ひとつのデザイン作品といっても過言ではないほど、心に響く空間があった。印象に残っているサントリーミュージアムでの展覧会は幾つもあるが、そのどれもが、展示空間もまとめて記憶に刻み込まれている。
 基本的にサントリーミュージアムの展示デザインは、緩急のつけかたが非常に上手だと思う。展示室自体そんなに広々としたものではない。天井も、低くはないが美術館として高い方でもない。その限られた空間を非常に上手く使って、小さいモノや大きいモノ、平面、立体を、空間の大小でメリハリを付けて展示しているように思う。細やかな心配りと工夫で、観覧者を最後まで飽きさせない。壁面を使って視界を遮ったかと思えば、開放的な露出展示がその先に待ちかまえていたり、角を曲がれば何か新しい驚きと感動があった。展示冒頭、外から中が見えないようなL字に曲がった入り口のイントロ部分は、展示室に入るワクワク感を増幅させ、外とは違う世界を予感させる。異様に暗くしていたりするから、子供が泣いたり、初めて来た人がまさか入り口だと思わないで右往左往することも多いが、わたしはとても好きだ。中に入ると、いつも、今自分がどこにいるのか、あとどのくらい展示があるのか解らなくなる。それは素敵な没入であり、良い意味での外部世界からの隔絶だ。
 比較的最近の展覧会で「めっちゃすごい!!やばい!!」と思ったのは、2008年の冬にやっていた「純粋なる形象−ディーター・ラムスの時代」だろうか。展示室入り口のスタイリッシュなイントロ部分を抜けると展示室がバッと開ける。奥の一面には壁面の展示ケースがあり、その垂直な壁には薄型のモニターに映像が映し出されている。露出展示だったか個別ケースだったかは思い出せないが、空間の中央部には緩やかな間隔で、幾つかのプロダクトがまとめておかれた島展示がある。それらを抜けていくと、突然海が目の前にひろがる。そこには幾つかソファや椅子がおいてあり、ディーター・ラムスに関する映像が、TVモニターに映し出されている。その前に置いてある椅子は、彼がデザインしたものだという。観覧者はそれに実際に腰掛けて、右側に海を臨みながら映像を見ることができる。このまま最後まで書いてしまいそうになったので5Fだけでおいとくけど、そんな具合で全て思い出せる。4Fの冒頭部分はほんと、展示デザイン史上(なんだそれ)に残るような、すんごい格好いい展示だった。あと面白かったのは2007年春のダリ展。非常にビビッドな色で塗り分けられた展示室の壁面は、それだけで見る人をワクワクさせる。手紙が展示では壁全面に拡大して彼の文字をプリントしてたり、天井からコウモリ傘が何本もぶら下がっていたり、ダリ展らしくハジけたデザインだった。
 非常に開放的な展示で印象に残っているが、2008年の春〜初夏にしてた「ガレとジャポニスム」。5Fの展示は圧巻だった。前述のイントロ部分はおろか、展示室内に壁面を一切作らず、そこに個別ケースをズラーッと、まるで方眼のように等間隔で並べて展示していた。展示入り口から奥の海が少し見えるくらいだった。こんなのアリか!!てめっちゃ驚いたのを覚えている。東京国立博物館法隆寺館の1Fみたいな感じ。でもとても明るくて、外の光も個別ケースがどんどん通して、その中でガレのガラスがキラキラしてて、夢か幻か、と思うような美しく開放感に溢れた展示だった。
 サントリーミュージアムはそんな創意工夫溢れた美しい展示を、ずっと継続して行ってくれていた。この文章では内容にまでは触れていないが、展示デザインだけでなく中身も非常に充実したものであったことは言うまでもない。そんなことが出来る美術館が、関西に他にあるだろうか。さして客も入らない、でも非常に価値がある内容の展示を、しかもこれほどにまで美しく作り込まれた空間でもって魅せてくれる美術館が、他にあるだろうか。近代デザインや工芸などといった、純粋芸術よりも我々の生活や歴史に大きく関わってきた、尊く身近な芸術を、収集して継続的に展示してくれる美術館は、少なくとも関西には他にない。強いて言うなら京都国立近代美術館くらいだろうか。サントリーミュージアムは、生活芸術と近現代美術を、時にはポップカルチャーを通して人々に普及させ、新進のアーティストをも支援してきた。それによって間違いなく関西の文化を支え、成長させてきた施設である。その休館がどれほど大きな出来事か。どれほど大きな損失か。わたしはこれを大きなひとつの終わりだと思う。そして関西からハイカルチャーが去っていく、閉塞の始まりだと思う。社会はどんどんつまらなくなる。文化のない社会なんて、どれほどの価値があろうか。
 2010年12月。最後の年である2010年の展示スケジュールはまだ発表されていない。一体どんなものになるのか。それだけは楽しみだ。今年12月、ウィーン世紀末展が行われているサントリーミュージアムで、最後の1年分、友の会に入ろうと思う。遅すぎたかも知れない。どんなに好きなバンドの解散よりも、後悔は大きい。いつかどこか、どんな形でも良いので、またサントリーミュージアムの名を冠したギャラリーが復活することを、切に願っている。